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●スーパードッジ&駅伝大会
ある地区世話人の提案で、またまた特別の催しが盛り込まれることになりました。私はそういうことを歓迎しますが、大体はその逆のようです。なにせ世話人になるにしても、積極的な人は少数派ですし、大抵は義務感から出発していますから、余計なことはしたくないというのが本音でしょう。しかもその提案者というのが例の地区世話人会の代表の女性ですから、その提案は廃案になる可能性の方が高かったのです。
しかし私はそうしたそれまでの事情なんかどうでもいいのです。何ごとによらず積極的な姿勢を評価したいのです。会議は渾沌を極め、なかなか計画の実現には向かわない、そんな雰囲気が続きました。提案者にさえ諦めが見えはじめましたが、私は諦めません。
そうした時に私は会長席から移動します。会長席にいたり議長席にいては駄目です。強硬に反対をする人たちの近くの席に座ってしまうのです。すぐ隣に移動して、どうして反対なのかをじっくり聴きます。そしてその理由をゆっくりと諭していくのです。焦ってはいけません。とにかく話をさせ話を聴くのです。
言いたいことを全部吐き出させたあとで、提案者の真意を話させ、また援護します。提案者は何も悪いことをしようとしているのではありません。確かに時間的に誰もが余計な暇を持っているわけではありませんから、反対理由も理解できます。でも、もう少し時間を貸してください。私にしても時間がないということでは同じなのですから。
じっくり話を聞き、丁寧に話をすれば、例え義務感からの参加にしても、世話人を引き受ける気構えのある人たちばかりですから、最終的には理解を得ることができました。
しかし理解は得られましたが、まだ問題がありました。スーパードッジボール大会を推す派と、駅伝大会をしたいという派があって、いずれもが譲らないのです。いずれをとっても下手をするとしこりが残ります。かといって両方を別の日の開催にするとなると、いよいよ時間的に問題がでてきます。そこでなんと私はその両方を、同日開催にしようと提案し、それを通してしまったのです。
さて当日です。通常の授業のあとに、まず駅伝をし、その後にスーパードッジボールをしようというのですから、それは大変でした。結果として多いに子供たちも盛り上がったのですが、失敗点・反省点もありました。
まず駅伝に関しての失敗です。準備に時間をかける余裕がなかったことから、かなりの混乱があり、バトンタッチのチェックがよくもできたものと不思議に思えるほどでした。しかし一番の失敗は低学年の実力の過小評価でした。なにせ運動会でも1年生など30mしか走らせません。それを500m以上も走らせようというのですから、もし倒れる児童がでたら責任問題で、その点を教頭から厳しく指摘されていたのです。ところがいざ走らせてみると、とんでもない話で、誰もが積極的なだけでなく、予想をはるかに上まわる早さだったのです。ですから余計なハンデなど不必要だったのです。そのためにメンバーに低学年児童を多く起用したチームが、そのハンデゆえに勝ってしまったのです。次回への反省点になりました。
一方のスーパードッジの方は、当時、劇画などの影響で人気が高く、駅伝よりさらに熱気がありました。参加チーム数も予想以上であったために、決勝にこぎつけるまでにかなりの時間を要し、日が暮れてしまいそうになりました。それでも薄暮の中で熱戦がくりひろげられました。先生方のほとんどは帰宅してしまいましたが、校長先生は最後の表彰まで熱心に参加してくれました。
すっかり暗くなったグラウンドで駅伝とスーパードッジ、それぞれの優勝から3位までの表彰式が行われました。表彰状と金・銀・胴メダルは私が用意したものですが、表彰は校長先生にお願いしました。本当は私が表彰したかったんですけど、でもその時にとても素晴らしいことがありました。どのチームも主力は6年生でしたし、表彰状にしてもメダルにしても、主将格の6年生が受けてなんら不思議ではなかったのですが、どのチームもそれを一番小さい子に譲ったのです。その微笑ましさだけでも、その大会の意義があったと感動しました。子供というものはそんなところがあるんです。思いもよらない感動を与えてくれるものなんです。<br>
後日の会議でも反省点はいろいろと摘出されましたが、その感動シーンは誰にとっても特筆もののようでした。
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●懇談会・親睦会
地域の他の全小中学校の校長・会長だけのそれや、近隣3校の校長・教頭と会長・副会長・役員及び地域の委員たちとのそれがあり、ボーリング大会やカラオケ大会や飲み会がありますが、本当にただのつきあいだけのもので、まったく面白くありません。もちろん私はそうしたことは嫌いじゃありませんから、他から見れば私が楽しんでいるように見えるでしょうけれど、子供とのつきあいと違って、おとなとのそれらからは得るものはほとんどありません。
●問題提起
おとなとのことだったらこれが一番です。<br>
当時はまだ国旗・国歌法案は制定されていませんでしたが、私はかねがね文部省の指導要領に疑問を持っていましたから、PTA会長をやっている今こそ、こうしたことを提起するチャンスと思ったわけです。つまり学校における様々な行事の時の『日の丸』と『君が代』について、校長・教頭・学校側がどう考えているかを問おうと思ったのです。
その時の校長・教頭の反応、そして母親たちの反応は予想以上で、こうしたことをひとつの問題として提起することが、日本では如何にタブー視されているのかを実感しました。
ある日の世話人会で『日の丸』と『君が代』についての話合いを私が提案したところ、日頃温厚な校長が突然怒りに顔を赤くし、声を震わせ『遺憾』だとか『心外』だとかを連発し、気の毒なほどでした。私は一応物議をかもすことになるとは予想していましたが、何もそんな騒ぎになるとは思っていませんでした。<br>
とにかく私が個人的に校長や教頭と話をするのならともかく、PTA会長という肩書きを持つ以上、他への影響が大きいというのです。そこで時間と場所を改めて、その話合いの参加希望者を募り、私も会長という肩書きをはずして、ということでその場はおさまりました。
その時に感心したのは日頃温厚な校長の、異常な興奮振りとは対照的に、教頭が極めて冷静だったことです。そしてその冷静振りは時と場所を代えても変わりませんでした。
さて当日です。参加希望者は多くても12〜13人程度だろうということで、校長室脇の部屋を設定しました。ところがなんと参加者は私たち夫婦と副会長のふたりだけだったのです。前々からそうしたことの提起を口にしていた人たちを含め、誰ひとりとして出て来なかったのです。
酷いしらけ具合で、その日まで緊張の解けなかった校長すら、思わず口元が弛んでいましたし、教頭も余裕たっぷりで話合いどころではありませんでした。結局、日本人にとって『日の丸』『君が代』はタブー以外の何者でもないと今さらながらに感じたわけです。
●推薦委員会
3学期の中頃になると、次期会長・副会長推薦のための推薦委員会の活動が始まります。通常、会長・副会長の任期は2年ですから、私と副会長のひとりはそのまま継続し、任期満了のもうひとりの副会長に代えて、新たにひとりの副会長を決まるなり、任期満了の副会長と私とが入れ代わりさえすれば、それで済むのですが、私は自分の仕事の都合もあり、最初から1年しかやらないことを条件に引き受けた会長でしたので、身を引くつもりでしたし、任期満了の副会長も、すでに充分に貢献をしたと自負されていましたので、今回は副会長ひとりが残るだけで、会長と副会長ひとりとを新たに決めなくてはなりません。
前会の時の推薦委員長も苦労されていましたが、今回も同様のようです。とりわけ今回大変なのは、前回の私のような人間がいないことです。本心では引き受けたくても、女性同士ということになると、なんとも複雑なようです。それは地区世話人の代表を決めた時に、そのいろいろな事情を知りましたが、会長ともなるとそれ以上に大変なようでした。会員たちの推薦する候補者に私も委員長と一緒に直接あって、話しあいを持つ繰り返しをしました。いずれも推薦されるだけあって、なんだかんだあっても母親たちの人を見る目は確かなものだと感心するほどに、いずれが会長になろうと、副会長になろうと適任だと思いました。
あとは本心を探り出し、引き出ししながら納得をしてもらうしかありません。彼女たちが素直に本心を出さないのは周囲に気兼ねするからです。互いに牽制をしあいながら一方が会長を引き受ける分、任期を今回も1年にし、今回副会長になるもうひとりが次年度には会長を引き受けるという条件で、ようやく決着をみました。ということで私は次年度の推薦委員会の分までまとめてしまったのです。
●卒業式&卒業お別れ会
卒業式の数日前に講堂でお別れ会が開催されます。講堂いっぱいにテーブルが並べられ、児童・教師・保護者が席に着き、その教師・保護者を前にしてステージで6年生の全員が、それぞれに趣向を凝らした発表をします。今時の子供たちは夢がなく、人生を無理なく無駄なく平穏に生きればいい、と考えていると思っていた私でしたが、実際に子供たちの話を聞くと大違いでした。なんのことはない、私たちの時代となんら変わっていないばかりか、むしろそれぞれが持つ夢に対しての具体性が感じられました。
その夢というのは『庭つきの一戸建ての家を持ちたい』というようなものではありません。医者になりたいと考える子も、看護婦や保母を目標にしている子も、何故それを選んだのか、何故それをしたいのかということに具体性があるのです。現代の子供にもまだ純粋性が残っているではありませんか。医者を目標にしている子もそれを金儲けの手段とは考えていません。看護婦にしても保母にしても、ちゃんと社会への貢献を一番に考えているのです。
プロ野球の選手を目指す子も、ただなんとなくではなく、どう努力すべきかを知っているように思えました。こうなれば卒業式での私の話の仕方にも、自然に力が入るというものです。
さていよいよ卒業式です。それぞれ緊張する卒業生たちに、卒業証書が手渡され、そして校長の挨拶があり、教育委員長の祝辞があり、いよいよ私の順番になりました。前にも言ったように要約は頭の中に入っていますが、そこへ当日に感じたことをアドリブで加えるのが私の手法です。
まずはお別れ会で子供たちが発表してくれた夢の感想を述べます。そして努力についての話をしました。例の相撲界での話です。
「お相撲さんの世界では努力というのは『重い荷物を背負って下りのエスカレーターを登るようなもの』と言われています。ゆっくり登っていては現状維持にしかなりませんし、途中でくたびれたからといって、立ち止まってしまっては下がってしまうのです。普通の世界ではそれほどに厳しくはありませんが、例えばピアニストになりたいという人がいましたけれど、ピアノの練習をしている人にはよく分かっていると思います。ちょっとでも練習を休むと、もう思い通りに演奏ができなくなってしまうのです。努力とはそういうものなのです。またそうした努力をしたからといって、必ずその努力が報われるというわけでもありません。例えばプロ野球の選手を目指して努力をしている人は、たくさんいるでしょうが、その全員がその夢をかなえられるというわけではありません。でも中学や高校で野球に取り組んだ姿勢、そしてその努力はたとえ夢が実現しなくても、きっとなにかの役に立ちます。私も野球をやっていましたが、それ以降の人生において、高校時代の野球のトレーニング以上に苦しいことにであったことはありません。大人になってから東京と新潟の間を何度となく歩いていますが、それだって高校時代の野球のトレーニングに比較すればどうってことはないのです。苦しい体験を若いうちに積んでおくことはそれだけで意味があるということです」
ここからが当日のアドリブです。
「さて話は終わりますが、さっき皆さんが校長先生から卒業証書を受けている時に感じたことです。それは皆さんの背の高さがまちまちなことです。もう大人のような背の高い人もいれば、本当に来月から中学生なのかしらと感じてしまう小さな人もいます。私は今でも小さな方ですが、小学1年の時には108cmしかありませんでしたし、小学校卒業時でさえ128cmしかなかったのです。いつもクラスで一番のチビだったのです。でも足の裏だけはその時点で25cmもあって、だから必ず背が高くなると励まされました。でも実際にはこのように大きくなんかなれなかったのです。でも人間の価値は背の高さとは関係ありません。背なんか高くても低くてもいいんです。私が小さかったので、ついつい小さい人に励ましの声をかけたくなりますが、どうか皆さん、そういう外見にこだわることのない素晴らしい大人になってください」
余談になりますが、私はそうした時に会場全体の人たちに顔を振り分けて話をします。そしてその時に気付いたことがあります。児童・父母・教師・来賓の誰もが私に目を向けていました。そころがその中でただひとりだけ、私の顔を見ていない人間がいました。妻でした。照れ臭いのでしょうね。立場が違っていたら、多分私も同様だったでしょう。
●入学式
任期が5月から翌年5月までという関係上、入学式の挨拶までが任務になります。卒業式の時にも感じたことですが、緊張をした顔の子供たちを前にして挨拶をするということは、本当に嬉しいもので、こうした時は毎年こんな体験のできる校長先生を羨ましく感じます。
私の子供の時を思い出しても、小学校の入学式そして卒業式ほどに記憶に残っているものはありません。それが中学・高校・大学とすすむほどに印象が薄くなります。純真さがそれだけ薄れていくからでしょう。
卒業式の時の子供たちの目も真剣そのものでしたが、入学式の時の子供たちも同様です。誰もの目が私に注がれています。
「皆さん入学おめでとうございます。私が皆さん、そしてお父さんお母さんにお話ししたいことは、1に健康、2に勉強ということです。まず健康に関してはお母さん方にお願いしたいと思います。本校の給食でも極力自然食品を利用するよう努めておりますので、どうかご家庭にあっても食事には充分に注意をしていただき、また規則正しい生活を築きあげ、健康な元気な子供に育ててください。
さて校長先生は先ほどの挨拶で、楽しく遊ぶこと、友達をたくさん作ることを強調されていらっしゃいましたが、私は学校はまず勉強をするところだと思います。よく学びよく遊べということです。勉強はとても楽しいことです。いろいろなことをどんどん覚えてください。どうすればよく勉強ができるようになるかというと、先生の話をよく聞くことです。今、皆さんは私の目を見ています。これが大切なことなのです。話を聞く時は先生の目をちゃんと見ることです。こうして今、私の目をきちんと見ているように教室では、いつも先生の目をちゃんと見るようにしましょう。いいですね。それだけです。1に健康、2に勉強。本日は入学おめでとうございました」
●総会・歓送迎会
1年が終わり、再び総会・歓送迎会を迎えました。任期を終えての挨拶です。
「この1年を振り返って、私にもいろいろと不備はありましたが、なんとか1年を楽しく過ごすことができましたのは、一重に校長先生・教頭先生をはじめ先生方、そして副会長のおふたりをはじめ世話人の皆様方の、ご支援と暖かいご協力のお陰と心より感謝しております。
昨年、会長を引き受けるに当たりまして、私は特に不安は持っていませんでした。なんら力むことなく自分のできる範囲内のことをやればいいという程度にしか、任務を捕らえていなかったからです。ですから結果として大した会長ではなかったと自負しています。もっとやるべきところも無理をしなかったために、真剣に考えられる方から見れば無責任に思えたことでしょう。
さて一番ご迷惑をおかけしたのは、私の至らないところをカバーしてくださった、おふたりの副会長と校長・教頭先生かと思います。結局のところ自分の仕事などを優先させたことも多々あり、世話人会にも皆勤とはいかず、また他校との連絡や関連書類に関しては、完全に手を抜いてしまいました。深くお詫び致します。
また前任者からの引き継ぎ事項の中で、思うにまかせなかったことも多々あります。多くの世話人の皆さんとは顔馴染みにもなり、いろいろと話合うこともでき、それなりに理解しあえたと自負していますが、親睦に留まることなく、教育を語りあい、悩みを知り合い、地域を考え、連絡を密にとり、会を発展させたかというと、疑問を感じずにはいられません。また先生方を活動に引き込めたとも思えませんし、学校側に対しても父母に対しても、様々な問題提起はしないに等しかったと反省しています。また周年行事への参加にしても、総会・歓送迎会以来、世話人便り特集号、一日家庭教育学級・給食試食会そして運動会には出席参加できましたが、夏休みラジオ体操や、青少年対策地区委員会のカレー大会・伝承遊びなどには、わが家の恒例行事を優先させてしまったために、参加できませんでした。反省をするとともに深くお詫び致します。
お詫びといえば、今回初めての行事として、スポーツ大会を開催致しましたが、これも反省ばかりです。準備にじっくりと時間をかけなかったばかりに、いろいろな不備が生じ、ご迷惑をおかけしました。実行委員会でもう少し煮詰める必要がありました。例えば駅伝におけるハンデのつけ方です。もしまた来年度も行う方向で話が進んだ場合には、例えば低学年チームは低学年チーム同士、高学年は高学年同士というように、コース別にする必要があるでしょう。そうなるといよいよドッジボールとの同時開催は無理で、反省会の時での大部分の方のご意見通り別日開催が当然かと思います。またドッジボールに関しても、実行委員会でルールの徹底をはかっていたにも関わらず、一部でルール解釈に差がでてしまうという不備もありました。この辺りも大きな反省点です。しかし今回はなにはともあれ皆さんの多大なご協力のお陰で、子供たちに喜んでもらえたこと、そして表彰時における微笑ましい光景を見られたことをもって、曲がりなりにも開催できたことを成果と解釈していただければ幸いに思います。
反省点ということでは前にも述べましたが、もっと先生方のご参加ご協力をすべての面で、なんとかとりいれたいということと、2月の世話人会の時にどなたかがおっしゃっていらっしゃったように、学級世話人会と地区世話人会との交流も、今後は実現してほしいものです。
1年間の体験からの感想は世話人の皆さんと同様に、いろいろなことを知ることができたこと、皆さんと知り合え、話し合えたことなど成果が多い分、時間的な制約から思う存分には活動ができず、なかなか大変だとも感じた次第です。しかしこれも何度も言ったことですが、父母と教師の会に積極的に参加されていない方々には、そうした楽しかったことや成果のみを強調して伝え、大変さは誰しも同じことなので、その人ができる範囲内での活動に留めるということでの参加をと、より多くの方々に呼び掛けるよう望みます。
最後にこの1年間のご支援とご協力に、重ねて感謝をするとともに、父母と教師の会のますますのご発展をお祈り致します」
というような1年間だったのです。
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